木下二郎指導員(五段)

28260612311_75968abcf0_k50

木下 二郎(きのした じろう)
昭和431968)年12月生まれ

 

会長の実弟、
会長の兄だと思っている人は…、
いませんよねぇ~。

 

3才の頃から合氣道を始め…
たわけではなく、
高校生までは野球少年でした。
高校は日大三高、高校2年生の夏に甲子園出場。
華々しく活躍するチームメートを
スタンドから応援してました。

 

その後、大学を卒業し、結婚もし、
その間、本格的に運動することもなく、
もっぱら「17時から男」として活躍。

 

そんなある日、
兄に実家に呼び出され、

「おい、ここに名前書いとけ」

と言われ書いたのが
合氣道の入会申込書でした。

平成152003)年4月、34才の時の事でした。

当時兄は某合氣道会の指導員で、
初めて自分でオープンさせた道場の
一番最初の弟子という事になります。

その日から兄でも弟でもなく、

「師匠と弟子」の関係になりました(笑)。

 

意外に思われるかもしれませんが
兄が合氣道の指導員をやっていることは
当然知っていたのですが、
自分が合氣道をやるとは
思ってもみませんでした。

 

こんな感じで始める事になった合氣道ですが、
長く続ける氣持ちもなく、

「黒帯になったらやめよう」

位に思ってました。
ところが、
初稽古の日の受身の最初の1回転目で

目が回り、

休んでいると
「休むな、もう一回~」
「いや、目が…」
「目がどうした~。次~」
「目が回って…」
「大丈夫だ~、そんなもん」

と、兄の鬼のような檄が飛び、
ふらふらになりながらも
何とか1時間をやり過ごしましたが、

これは黒帯どころじゃない、

即やめよう

と思ったものです。
私にも体験制度があれば
入会しなかったかもしれません。

 

檄はともかく、
稽古自体はゆる~い内容だったにも
関わらずですから。

 

体が慣れてくると
目が回らなくなることは
後からわかりました。

兄は受身で目が回った事など
一度もなく目が回る感覚が
わからないらしい(もちろん未だに)です。

 

今、体験者や初心者に受身を
あまりさせないのは私の助言のおかげです(笑)。

 

 稽古初日につまずきながらも、
合氣道を始めて
1年目の奉納演武で体技(演武)の
存在を知り、
2年目に大会の存在を知り、
3年目からはその大会にも
出場させて頂き
何とか良い成績を収める事が出来ました。

黒帯になったらやめる

という氣持ちはいつの間にか無くなっていました。
今は強制的に合氣道を始めさせてくれた
兄にとても感謝しています。

 

合氣道をやるのに
年令も性別も関係ありません。

 

いつ始めても遅くはありません。
私も眞の合氣を会得したいと思い
日々稽古に励んでいます。28221977351_cafef3c85c_k50

 

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中