格闘技ブームだったころ、ある有望選手をテレビが追いかけていました。その選手の練習風景を映していました。それは凄まじい練習でした。サンドバックに全力でパンチ、キックを打ち込んでいます。

指導者の先生も業界では超有名な方です。テレビのレポーターが〇〇選手の練習はすごいですね。とその先生に振ったところ、「へっ・・」って答えて画面から消えてしまいました。こいつはちょっと見込みないねぇみたいな態度です。

なぜか?レポーターはサンドバックを全力で打ち込む選手は、すごい見込みがあるってコメントを師匠からもらいたかったようですが、その先生はそんな演出は関係なし。

身体的素質充分の選手でした。

なぜか?

私も画面を見て気が付いていました。

答え・・

その選手はサンドバックを打ち込むとき、パンチでもキックでもです。

目をつぶって打っていたのです

そりゃ苦しいからしょうがないだろって意見もあるとは思います。

でもプロでやっていくにはそれじゃダメなんです。

それじゃ、その先生はそう教えてあげればいいじゃない?これも正論でしょう。でも、これからプロでやっていくのだから、それぐらいはできていないと教えないよってかんじです。

昔は、そうでした。いちいち教えません。最初からできているものに本格的に教えます。

なぜ「目」をつぶったくらいでそこまで言うか!

「目」とは「心の窓」と言います。

「目」をつぶるという行為は、心が弱いことの表れなんです。技術はヘタでもどんなに苦しい練習でも「目」を見開いて練習する人が大成します。「目」を閉じて練習する人はそれなりにしかなれません。

その選手の試合を観ましたが、相手が自分より弱い(格下)のときは異様な強さを発揮して滅多打ちにして勝ちます。ところが相手が自分より強い、または自分の攻撃を受けても下がらない選手の場合、あきらかにビビった感が出ていて前に出れません。

その有望選手は、しばらくして練習拠点を変えました。有名な選手だった人が運営しているジムです。でも・・・そのジムの会長も選手時代「目」をつぶっていました。

結局大事なことに気が付かず。技術は素晴らしくても、もっと大事なことがあります。「心」の強さです。

身体をいくら激しく鍛えても「心」は強くなりません。「心」は「心」の鍛え方があります。

 

PS. 優れたスポーツ選手でも身を持ち崩す人いっぱいいます。スポーツが音痴の人でも立派な方はたくさんいます。もしスポーツで実績を残した人が心も正しく鍛えているならば、オリンピックの元〇メダルの〇〇という犯罪を犯す人はいないはずですね。

 

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