あがり症のあなたのために・・・


普段のこなしている仕事では簡単にできるのに
いざ本番なんてときに

あれっ!?

頭が真っ白になって何やったか覚えていないなんて経験、
あなたにはありませんか?

緊張がピークに達して自分の能力を発揮できない状態を

「あがっている」

といいます。これは仕事に限らず武道に世界でもスポーツの世界でもあります。
上がった状態では本来の自分のチカラを発揮できません。
これはとても損をしてしまいます。

練習や稽古の成果を十二分に発揮したいものです。
今日はその方法をお教えしますね。

その方法は決してもっと練習しろ稽古が足りないなんてことではございません。
あなたはもう充分に練習、稽古をしてきたんですから、

さてその方法とは・・・

落ち着くこと 

そんなん当たり前のことじゃんか!!ってではあなたに質問です。
落ち着く方法を具体的に教えてくださいなんて聞かれると、

いいから落ち着けなんてわけのわからないことを言われたりします。
いいから落ち着けで落ち着けたら苦労はありません。

その方法があるのです。
まずあがっている状態とは何が上がっているのかというと

「気持ち=心」が上がっているのです。

なのでこの心を落ち着ける位置に置いてあげれば落ち着けるのです。
その位置が「へそ(臍)」の下です。

臍下丹田(せいかたんでん)なんてことばもありますね。
ここで間違ってはいけないのは

身体に力を入れることではない

ということです。
とかく武術武道などをやっていると筋肉は硬直させた方がいいと思ってしまいます。絶対に筋肉は硬直させてはいけません。

「心=気持ち」には筋肉はありません。
ただそこにあると決めればいいのです。
具体的には

自分の「心=気持ち」はへその下にある

と決めるのです。
これで落ち着きが完成です。簡単ですね。

あなたが自分で上がっていると感じたら是非試してみてください(^_-)-☆

 

道場という名の抵抗感!?


日本人は道と付けるのが好きなのかもしれません。

道とは字の解釈から考えると「首」と「辶」これは「くび」を賭けて「すすむ」となります。「くび」=命がけ で取り組む場所が道場ということになります。文字通りの「道場」では笑うことはもちろん話すことも禁止されているところもあります。

そういった緊張感の中で稽古するのが武道の道であるってかんじですね( ゚Д゚)
なのでとかく武道をやっている人の印象は一般的に固いです。
コチコチってかんじかも・・・

合氣道眞伝会でも稽古場は道場といっています。
でも安心してください。

笑っても大丈夫です。

まず表情が硬いということは力が入っているということです。
表情を作るのも顔の筋肉ですよ。力を抜いて行うと楽ですよね。

合氣道眞伝会には力を入れて掛ける技は1つもありません。
リラックスして行いますから自然と顔の表情もやわらかくなります。

表情がやわらかくなる=笑顔

ですね。
リラックスして護身術を身に付けたいと
考えているあなたにピッタリの武道が合氣道眞伝会の合氣道です。

 

合氣道眞伝会には関節技はない!?


関節技とは文字通り関節を極める技です。
肘などの関節を挫いて極めます。
限度を超えて極め続けると確実に関節は折れるか脱臼します。

関節技=相手を壊す技

といってもいいでしょう。
合氣道眞伝会にはこのような関節技は1つもございません。

???

っていいながら手首を極めてなどという表現は頻繁に出てきます。
これはどうして?

合氣道眞伝会で行っている極め技は

順に伸ばして極めます

通常のいわゆる関節技は逆に極めます。
これは大きな違いがあります。

逆に極めると壊れますが、順に極めると健康になります。
順に極めるとは筋を伸ばすということです。
ほとんどの人の筋は限界まで伸びていません。
この筋を伸ばして差し上げるのです。

健康的です。

このとき縮まっている筋を伸ばしますから
人によってはというかほとんどの人は痛みを感じるようです。

でも心配しないでください。

縮んでいる筋を伸ばすわけですから、
その技を解かれたときはとても気持ちがいいのです。
そのように筋を少しづつ伸ばし健康になっていくのです(^_-)-☆

投げられると気持ちいい!?


普通競技武道やスポーツなどでは投げられることを極端に嫌います。

投げられる=負け

だからですね。試合をするとどうしても有効なポイントを
決めなければいけないので投げは大きなポイントになります。

なのでいかに投げられないようにするかを研究したりします。
また投げれても受け身を取らないでいかに背中を着かないように
身体を動かすかが重要になってきます。

それで無理な体制で手を着いたりして脱臼や骨折をするわけです。
競技武道やスポーツは勝ちがすべてなのでしかたがないのかもしれませんね。

合氣道は投げられて気持ちいいんです。

それはなぜか?

合氣道では背中を着く=負けという概念がないから投げられたら受け身を取ります。正確に言うと積極的に受け身を取ります。

この積極的が大事です。

自ら進んで受け身をするんです。
自分の意志で転がりますからほとんど怪我の心配はありません。

人を投げるのって気持ちいいんです。非日常の行為ですからね。
合氣道では受け身を取る方も気持ちがいいんです。

お互いに気分が良くなれるのが合氣道の稽古です(^_-)-☆

「折れない手」は間違いである!?

〇〇しない 例えば、赤いフェラーリを思い浮かべないでください
って言われたらあなたの頭の中はどうなりますか?

赤いフェラーリを思い浮かべないって思ったら最後
あなたの頭の中は赤いフェラーリでいっぱいになるハズです。

このように〇〇しないようにって言われると
言った本人は文字とおりしないように言ったハズなのに

言われた人は〇〇で頭がいっぱい

になってしまいます。

「折れない手」って言われたらどうでしょう。
最初の「折れ」が頭に入ってしまいます。
その状態ですと力を入れたりと手が折れないようにする無駄な努力が始まります。

なので
この言葉の使い方は間違いです。

もし氣が出ている状態を確認したのならば、

「氣が出ている手」

と言ってあげるといいですね。
そうすると言われた人は、そのとおり手からは氣が出ている状態になりますよ。

「氣」のエネルギーを補給するためには人里離れた大自然に行く必要がある!?


合氣道を学ぶ上で「氣」は欠かせません。
そもそも「氣」のないものは合氣道とは言いません。

世には合氣道を名乗りながら「氣」がない体術を教えている道場が
非常に多いのは嘆かわしいことでございます。

さてその「氣」のエネルギーですが
補充するためには人里離れた大自然に行く必要があるのか?
ということです。

そもそも「氣」を補充するということですが、
補充しなくてはいけないという考え方はどこから来るのかといいますと
「氣」を使うと減るという考え方から来ています。
減ったら補充しなきゃいけないですね。

なので大自然の氣を取りいえるために・・・

色々な考え方があっていいと思います。
合氣道眞伝会ではそのようには考えていません。

「氣」は減らない

と考えます。
人から出ている「氣」は大宇宙から降り注いできている「氣」が
身体を通して出ていると考えます。

なので人が生きている限り「氣」は出続けています。
ことさらどっかに行って補充する必要もございません。

「氣」は無限でございます。

どんな人からでも「氣」は出ています。
ただし普通その出方は拡散していますからチカラがありません。

「氣」は集中したときにそのチカラは発揮します。

太陽の光を浴びて燃える人はいません。
でも虫メガネを通して光を集中させれば
その光が当たっている場所は非常に高温になり
紙などがあれば燃えてしまいますね。

「氣」のチカラも同様です。
それを武術として表現しているのが合氣道でございます。

 

合氣道上達の最重要ポイントとは?


おはようございます。こんにちは。こんばんは。お願いします。
ありがとうございました。

日常生活でも挨拶は欠かせませんね。
でも正しく出来ている人は非常に少ない。
ほとんどの人が先の言葉を言えば挨拶だと思っていますね。

ちょっと足りないんです。
何が足りないかというと

・・・

心を向けて挨拶をするが足りないんです。

心を向けていないのは本来挨拶とはいいません。

心を向けると自然と相手の顔に自分の顔が向くんです。
挨拶するとき下を向いたままとか
全く相手を見ないで声だけ出しているとかの状態は
心が相手に向いていない状態ですね。

合氣道ですから心が重要です。

氣=心 

と言ってもいいでしょう。
これがないと合氣道ではありません。

しっかり自分の心を相手に心を向けること。
これは技の形よりも重要ですよ。

これができて初めて合氣道になります。
まず自分の心を相手に向けてから相手の心を導くのが
合氣道の技になります。

これがないのはただの体術になります。